日本が高度経済成長を成し遂げた理由(ワケ)

日本は高度経済成長期に、同様の時期を迎えた中国の実に3倍の額を稼いでいたと言われている。
なぜそこまでの大発展を遂げることが出来たのか。
端的にいうと「日本人の性(しょう)に合っていた」に他ならない。
具体的にポイントを分けて書いていこう。

一つのことをコツコツやる

インターネットが発明される前、まさに高度経済成長期にはあらゆる産業は縦の壁がはっきりと存在した。
飲食業と配送業には関連性も人材の出入りもなく、小売業で働く人材は出版業のノウハウを学ぶ必要はなかった。
各産業の中でさえも、例えば人事を扱う人と経理を扱う人は分断され(中小企業の社長は別として)、あらゆる職業が専門化されていた。
ベビーブームを迎えて人口は増加の一途を辿り、若者=労働力が溢れているため、サラリーマンは自分の仕事に集中していれば良いし、他の仕事は他の人材に任せることが出来た。
そこでは1つの産業、1つの職業に集中し、同じことをコツコツと継続出来る人材が求められた。
副業を持つことは悪(本業が疎かになるから)とされ、転職して他の職業に就くことは負け組への入口のように語られた。
この「一つのことをコツコツやる」ことが日本人は非常に得意だったのだ。

男が働き、女は家庭を守る

男尊女卑の時代(江戸〜昭和)が長く続いた日本において、男性が外で稼いで、女性は家庭に入るという風土は日本に浸透しやすかった。
高度経済成長期においては重工業や建設業に代表される肉体労働が職種として大量に存在し、筋肉と体力のある労働力が重宝された。
体力・筋肉のある男性が労働力として大いに活躍出来る時代であり、女性は男性を支えることが求められた。
逆の視点から見ると、子育てや親の介護は姉や妹、妻に任せることが出来るため、男性は会社での労働に集中することが出来た。

長時間労働が業績に直結した

高度経済成長期にはまだまだ消費者は十分に商品を手に入れていない時期であり、かつ人口が増え続けている時期なので商品やサービスを提供すればするほど儲かった。
また、残業して生産・納品の速度(効率ではない)と量(質ではない)を高めれば高めるほど儲かった。
残業による企業側のコストよりも、残業によってもたらされる営業利益が上回るため、企業はどんどん残業させたし、サラリーマンは残業代を稼ぎ、評価を得て、出世し、妻に喜ばれた。
日本人は効率よく短時間で結果を出すことより、長時間我慢して働くことが得意だ。5時間で結果を出すことが出来ない人でも、10時間働けば結果が出たし、12時間働けばライバルに勝つことが出来た。

均一なものを大量に欲しがる

高度経済成長期には均一・同質なものを大量に消費し、欲しがる。
どこの家庭でもカラーテレビや全自動洗濯機を欲しがった。
それは商品・サービスだけでなく、労働力に対しても同様だ。
同じ商品を大量に生産するには均一化された労働力が大量に必要になる。
一つのことに特化し、均一から外れた性質は「変人」として社会から排除されるほどに「みんな一緒」が求められた。
周りと同じように働き、周りと同じように消費し、みんなで一緒に力道山を応援し、ピンクレディーのレコードを買った。
周囲の目を気にしてなるべく目立たないようにし、飛び出さないようにすることは日本人が最も得意とする性質かも知れない。

戦後の学校教育

前述した「みんな一緒」は消費と労働だけではなく教育にも用いられた。
均一の労働力を確保するために教育にも同様の理論が持ち込まれ、通知表で1つの教科だけ5を取る子どもより、5教科で4を取れる子どもが大量生産された。
特化よりバランスが好まれ、給食の時間には「三角食べ」を徹底して教え込まれたほどである。
子ども時代からバランスと「みんな一緒」の意識を刷り込まれ、そのまま社会に出て、会社でも学校と同様の環境が待っている。
ある意味、一貫された社会であり、すべての要素がこれでもかというくらいに日本人が得意な性質に傾いていた。

このようにして日本人は国民一丸となって高度経済成長期の荒波を乗り越え、時間と量と速度によって大きな発展を遂げたわけだ。

だが、しかし、高度経済成長(成長社会)は90年台後半に終焉を迎え、人口は減少し、若者は減って高齢者が増え、肉体労働より頭脳労働がシェアを拡大し、多種多様な価値観が生まれ、インターネットにより世界がつながってしまった。
社会はもはや、まるで変わってしまったのだ。

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